アルベルト・ザッケローニさんに決まっちゃいましたね。
まぁ名前が挙がった時は、ブラフだと思っていましたが
(スペイン路線じゃなかったのかよ、原博実と、マジで。バルベルデ、フェルナンデス、ペジェグリーニ、アギーレ、イルレタetc、南米路線からの切り替えで)
来日したタイミングからして決定でしたよね。誤報を流して、ロイターに伝えて、外電で誤報を世界一周させた日刊スポーツ以外。
さて、ザッケローニさんといえばwiki先生に書いて在るとおり
ウディネーゼ時代の1995年に「退場者が出たときに、采配としてディフェンダーを3人にして守ったところ、首位だったユベントスに勝ってしまった」ことがキッカケで、アタッカーの中心にオリヴァー・ビエルホフという背の高く空中戦で勝てる選手を据え、パオロ・ポッジ、マルシロ・アモローゾ川崎のスリートップという3-4-3というシステムで、セリエAを席巻。
そして、1996年にファビオ・カペッロがスペインに引き抜かれてから散々な成績に終わっていたACミランの監督に招聘されると、ウディネから右のウィングバック、トーマス・ヘルヴェグとビエルホフを引き連れて、3-4-3から、トップ下にズボニール・ボバンを置いた3-4-1-2のようなシステムで1999年にスクデットに導いた監督ですね。共通項はスリーバックです。
それ以後はですね・・・・あんまり書くことはありません、ネタになります。

  • ザックの試合だと?

インテル時代

マジョルカを3位に、バレンシアを2年連続チャンピオンズ決勝へと導いた、エクトル・ラウール・クーペルさんが、デルビーで大敗したので、キレたモラッティ会長にクビにされて、後任監督を捜していた時に、手を挙げて監督になったのですが、このようにロンドンで3-0と叩きのめしたガナーズに虐殺。続く6節も落として、グループリーグ敗退決定をしちゃいました。
・ユーヴェ時代

抜擢したチーロ・フェラーラが見事に大失敗だったユーベが、「期間半年、更新する望み薄、失敗したら叩かれます」という、誰もが引き受けない条件を呑んで、ほぼ最後の仕事状態で引き受けた中で、「もう過去の人、また3バックか?」という評判の中で「時と場合による」と回答してのこの結果。1stレグを3-1で勝ったロンドンの小さなクラブチーム相手に、この惨状。ヒュー・グラント大喜び。
まぁこんな印象です。21世紀。